想起天井

起きた。もはや虫の声すら聞こえない。

味噌煮込みおでんがあったので食べた。
通常のおでんとは違い、味噌は大根よりコンニャクの方が滲みやすいのか異様にコンニャクが美味しかった。

9番目に話したサクラ(仮名)という人がいる。
おでんを食べ終わり、天井を眺めていると「休日はずっと天井を眺めている」と度々口にしていた彼女を思い出した。

会話の度に、何かしらの料理を作っていたのを覚えている。
料理本は一頁目から順番に作って行くらしい。

基本的にこの活動を始めて繋がった人は、私が質問をして話を広げて行く形になっているのだが、彼女はよく質問をしてきていた。
私が質問した分だけ質問し返していた。

彼女が言うには「世の中は自分の事を話したがる人ばかりだから、質問して話を聞いていれば相手は満足するし、会話は成り立つ。」との事だった。
しかし、私も自分の話をせず、質問をばかりするので苦戦したそうだ。
彼女は私と話をしていると新鮮だと言った。
ここまで人に質問されることはあまりなかったし、されても流していたが、私が一歩も引かないので逃れられず、ちゃんと考えて答える羽目になる。
それを繰り返している内に、今まで気付かなかった事に気付くようになったと言っていた。
それを聞いた私は、そういえば最近似たような話を読んだことを思い出した。

「覘き小平次」という小説。
その中で、語る口を持たない枯れ木のような小平次という男と、様々な人間に成り済まし続けた結果、己を見失ったと語る治平という男の会話がある。

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語る事により己という物は厚みが増す。
しかし、相手の理解を得られないまま、一方的に言葉を連ねるなら、それは電柱でも事足りる。
彼女にこの話をした。感心していた様子だったが、上手く説明できたかは覚えていない。

彼女は「人としての行事は一通り終わった。あとは結婚するだけ。」と言っていた。
婚活パーティーに参加して散々な目に遭ったと私に溢していた。
2分の間隔で人と入れ替わりに話すらしい、とても疲れそうだ。

長年付き合っていた恋人に「教養がなさすぎる、馬鹿すぎるだろ。」と言われてフラれたという話もしていたな。
私も恋人ができたら、似たような台詞を言われてフラれそうだと思った。


家族が使うマウスのクリック音。一定の間隔で狂う時計の音。
書いている途中で聞こえてくるすべての音だ。侘しい気持ちになってくる。

この一週間は誰とも会話しなかった。
靄が晴れない。